鈴が鳴る時―王子+ヌイグルミ=少年―
 夏章は鈴音の目の前で、屋上の真ん中で、無抵抗の仮にも王子である暁を思いっきり叩いた。というか殴った。

 鈴音は呆然と夏章と暁の顔を見比べる。

 夏章は相変わらず(笑顔なのに)恐いし、暁はヌイグルミなので勿論、表情は分からない。

 玩具のハンマーとはいえ、あんなに思いっきり殴ったらかなり痛そうだ。

 ん?そもそもヌイグルミに痛覚というものはあるのだろうか?

 と、気がついたら辺りにはかなりの殺気が充満している。

 …痛かったようだ。

 それか、“叩かれた”という事に対する屈辱なのかもしれない。

 鈴音は身をすくめて、夏章と暁の成り行きを見守ることにした。

「あなたは…」

 先に口を開いたのは夏章だった。その表情はさっきと打って変わってかなり険しい。

 そして怒りのためか、よく見ると握り締めた手や肩が震えている。

 夏章は一回大きく息を吸い込んで

「なぜ女性を説明もろくにせずに連れ出してくるのですか!!!馬鹿ですか?!馬鹿ですよね!!こんな馬鹿な行動は馬鹿にしか出来ませんしね!!」

 …もの凄い怒声だ。

 その後方で鈴音は固まっていた。カチコチに。

(…あれ?さっき、すごく優しそうで、冷静で、大人らしい人だと思ってたのに…あれ?)

 とか思っているに違いない。

 それはさておき、すると暁も負けじと怒鳴り返した。

「あぁ?!うっせーな!!馬鹿馬鹿言うんじゃねぇよ!時間が無かったんだ!つか、てめぇが早く連れて来いっつったんだろーが!!」

「その口調はなんですか!一の王子がそんなはしたない言葉遣いをするんじゃありません!!確かに言いました!確かに言いましたが!!説明もなしに連れて来られれば怖がるに決まっているじゃありませんか!!そんな事も分からないのですか?!!」

「じゃあ聞くけどよ!!今怖がってんのはてめぇが!俺を!叩いて怒鳴ってるからじゃねぇのか?!!」

「そっ―――」

 言い返そうとした夏章はふと鈴音を振り返る。

 鈴音はいきなり夏章の綺麗な青い双眸にじーっと見られ居心地が悪くなり、視線から逃れようと顔を俯かせた。

 それに、暁はああ言っていたが、鈴音にしてみればどちらかというと暁の殺気に怖がっていただけだったのだが…
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