上手なフラれ方
扉を開けると中は真っ暗だった。

むせ返るような汗の臭いが、鼻につく。

懐かしい、独特の臭いだった。


まだ闇に目が慣れていなかったが記憶を頼りに恐る恐る進んだ。

靴を脱ぎ、冷たいフローリングの床を歩く。

道場へ繋がる扉の前に立ち、開ける。

中はいくらか明るかった。

小窓から、月明かりが差し込んでいる。

僕は懐かしい道場に足を踏み入れた。

古くなった木の床がギシッと音をたてる。


その音で、彼女は振り向いた。

道場の隅に、彼女はいた。

彼女は、道場の隅で、体育座りをしている。

振り向いた彼女は、泣いていた。

記憶が、頭の中に、流れ込む。

見たことのある、光景だった。


あの夏。


思い出の夏。


僕は、高校一年の夏を、思い出していた。

僕たちが付き合いはじめた、あの日のことだった。
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