上手なフラれ方
「なにしにきたのさ」


理沙の声が、道場の中に響いた。

その声は、震えていた。

顔が見えなくても、泣いているのがわかった。


「携帯を忘れちゃったんだ」


僕は言った。

なるべく明るい声を出すように努めたが、うまくいったのかはわからなかった。


「こんなに雨が降って、しかも雷まで鳴ってるのに、携帯を取りにきたわけ?」

「家を出るときはまだ降ってなかったんだ」


言いながら、更衣室に入る。

携帯はすぐに見つかった。

携帯をびしょびしょのポケットに入れ、近くにあった道着をTシャツの上から羽織って更衣室から出る。


「上田さんこそ、道場なんかでなにしてるの?」

「あんたには関係ない」

「ふーん」


僕は床を濡らしながら歩き、理沙の隣に座った。


「ちょっと、なんでここにくるのよ。道場がダメになるでしょ」

「上田さんは、雨に打たれなかったんだ」


理沙が「えっ」と戸惑いの声を出す。


「濡れてないね、その服」

「別にいいでしょ。あんたには関係ない」

「ずっと、ここにいたの?」


僕は理沙の顔をのぞきこんだ。

やはり、彼女の目には涙が浮かんでいた。
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