例えば、それがキオクだったら…
「は?…なんだ、“こっち”って」

女の言葉に、違和感を覚える珪。

まぁ、普通の人間ならそうだろう。

“こっち”なんて言い方、まるで自分は違う所に住んでいるような…。

「なんだって、なによ?自分が呼んだんじゃないの?」

「…俺が……お前を、呼んだ…?」

ますます意味が分からない。

こんな女、全く持って知らない。よって、呼んだ覚えも無い。呼ぶ筈が無い。

「…君さぁ…」

「……?」

「何にも分かってないのね」

呆れたように女は言う。

呆れられても困る。こっちは本気で何もしていないのだから。

「君っ」

「…ん?」

珪のリアクションなど無視して、女は突然声のボリュームを上げた。

「今、ここで何してたの?」

「……どうして?」

「…はい?」

珪の答えに、女はぽかんとしている。

確かに、質問に質問で返されては困る。

「どうして、お前に言わなきゃならない」

まぁ、そっちの意見にも一理あるな。

見ず知らずの人に、自分が何をしていたかなんて

教える必要も無ければ、意味も無い。

「な、どうしてって……う~ん…」

「……じゃ」

「え!?ちょ、ちょいまちっ!“じゃ”って何よ、“じゃ”って!」

女、慌てる。珪、歩く。

「待ってって、言ってるでしょう?」

仕方なく女を振り返ると、何故か恐怖を覚える笑顔がそこにあった。

「……分かった。悪かった、俺が。聞くから…その顔やめろ」

「分かればよろしい」

女は、すっと表情を変えて、今の状況と思われるものを話してくれた。
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