例えば、それがキオクだったら…
「…お前は?名前、言えよ」
珪が名前を聞くと、少しとぼけてから女は
「風想 麻琴(カソウ マコト)」
と、一言で答えた。それから、
「男の子みたいでしょ?好きじゃないんだよねぇ…」
なんて、コンプレックスだと言う。
苦笑いの麻琴からは、本気で自分の名を嫌っているのが伝わってくる。
「…そうか?別に、いいと思うけど」
麻琴の言葉や表情なんて無視して、珪は自分の感想を述べる。
事実、男っぽいとは思わなかった。
「え?…っと、そっかなぁ…?」
麻琴の顔が、少しだけ明るくなった気がした。
嬉しかったのだろう、簡単な一言でも、男っぽくないと言ってもらえたのが。
「君の方が…変わってるんじゃない?」
お礼を言うのも気恥ずかしくて、ただなんとなく笑って見せた。
「…かもな。……あ」
「…? どうかした?」
気がつくと、もう十時を回ろうとしていた。
随分と話し込んでしまったらしい。
「…悪い。俺、時間。…帰る」
言って、珪は麻琴に振り返った。
「…ん?なに?」
帰るんでしょ。と、麻琴は笑顔で首を傾げる。
「…悪かった。意味もなく呼んで」
それだけ言って、珪はもう一度足を進めた。
「……変なヤツ」
呟いて、珪の背に向かって叫んでやってみた。
「楽しかったから、許す!」
驚いた様子で振り返った珪に、麻琴はもう一度笑顔を見せた。
「…捨て台詞みたいだ。……またな」
珪は、少々バカにしたように言って、薄く微笑んでやった。