今も恋する…記憶
『もう、そろそろ電車が 着くころやわ…』


菊池を乗せた電車が近付いている。


彼に会えると思うと…

さらに胸は
嬉しさと恐い気持の背中合せの思いで膨らんでいる。

『この着物にして、
良かったん!

別の着物にしたら、
良かったのかしらん!』

あれこれと迷ったあげく…
さくらの決めた着物は

単衣の大島紬。
色は濃紺、柄は麻の葉。
帯は淡いグレーの地色にアジサイの花。
水色と白い花柄…

帯揚げ、帯締は濃い水色。
草履、バッグはパール色にして…
精一杯のさくら-


しかし、いくら着物で良く見せようとしても-


隠せない部分もあるんです
それは、シワ。

特に顔のシワは埋められない。だから、薄化粧に-

そして、化粧の最後の口紅は思い切って少し派手な深紅を選んだ。


その口紅を塗り思わず鏡の中の自分に
微笑んだが-


『今さら、無理せんと、 ありのままの
自分にしたら!』


もう一人のさくらの声がして…

すると、その声に…
先程塗った口紅を拭き取っていた。


その後に地味なえんじ色の口紅を塗った。

こんな、おばあさんになっていても、恋する女に変わりはない-


つくづくと、女は化け物だと、自分にあきれている。

やがて、電車がやって来るであろう方角を凝視していた。


遠くの方にライトを照らし近付いて来る電車が……さくらの目に入った〃


さくらの心臓はドキドキと更に激しい鼓動を打ち始めた…


…おまけに、息苦しくなってきた。


『もうすぐ、
……あのひとに

会えるんやから、
無理もないわ!』


しかし、もう限界…

立ってはいられなくなって近くのベンチに座った。





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