きゃっちぼーる
「君も僕が嫌いかい?」

 一哉の中に意地悪な気持ちが生まれていた。

「私は嫌ってない。嫌いとかそうじゃないの」

 恵が顔を左右に振って否定した。

「私は君のことを好きになったらしい。それが恋かどうかわからないけれど」

 鏡は質問には答えず、鼻歌でも歌うような調子で言って一哉に近づいた。

 一哉は動けなかった。

 避けたいとも思わなかった。

 一哉は、鏡の顔が目の前に近づいて来るのを見つめた。

 ふたりの唇が重なり合った。

 風音とクラクションが止んだ。

 一哉は、柔らかなぬくもりを唇に感じた。





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