いちえ
玄関までやって来ると、下駄箱の上に置いてあったリードを、瑠衣斗が手際良くももちゃんの赤い首輪に付けた。
リードを握る瑠衣斗に続いて玄関を出ると、辺りはすっかり夕焼けに空が染まっている。
私の住む街では、こんなに広い空は見る事はできないだろう。
空気も澄んでいて、周りに高いビルやマンションもなく、何よりも車の騒々しい音もない。
聞こえてくるものは、カエルや虫達の鳴き声ばかりだ。
外までやって来ると、広い田んぼが目に入り、一本の長い道に向かって歩き出した。
涼しい風と、入道雲が紅く染まる空や、田んぼと山々の緑までもが、茜色に染められ、何とも言えない景色に見入ってしまう。
「もも、疲れただろ」
「え?私?」
並んで歩きながら、私を見ないまま瑠衣斗が口を開ける。
見上げた瑠衣斗の髪が、サラサラと風に遊ばれ、夕日が髪を染めている。
目には夕日が写り込んでしまったように、キラキラと輝いて見える。
「ちょっと息抜き。な」
ふっと視線が交わり、思ってもみなかった事に胸がドキッと縮む。
優しく微笑む瑠衣斗に、切なく悲鳴を上げるようだ。
「るぅの方が疲れて…る……で…しょ……」
やっとの事でそう口にしてみるが、それ以上に言葉が続かなかった。
と言うよりも、私の思考は、強制的に終了せざる終えなかった。
右手に感じる、瑠衣斗の優しい温もり。
顔が熱くなって、きっとこの茜色の空よりも紅く染まっているだろう。
私達の少し前を歩くももちゃんは、尻尾を振りながら歩幅を合わせるように前を行く。
瑠衣斗の右手には、ももちゃんのリードがしっかりと握られ、もう片方の左手で私の右手を優しく包み込むように握っている。
―――どうして…?
「焼き餅やくのも大変なんだぞ」
それは……私に?それとも、ももちゃん…に?
答えはきっと、くれないだろうから。
私はそっと、瑠衣斗の手を握り返した。