いちえ



沢山の声を避けるようにして、由良さんが席へと案内してくれる。


雰囲気からして、地元の人達の憩いの場になっているようだ。


年配の方や、元気なおばさんやおじさんで店内は賑わっており、様子からして由良さんはここで働いているようだ。


「来るなら連絡してこればいいのに〜」


「何となく寄っただけだし」



そんな瑠衣斗と由良さんの会話も関係なしに、周りのお客さんの話題は私達で持ちきりだ。


私はと言うと、瑠衣斗に詰められるようにして、一番壁側の奥へと追いやられた。


正面には、おばさん達に人気爆発中の宗太と龍雅に、私は笑いを堪えるのにやっとだ。


「みんな飲み物は?ホットでいい?」


「うん。家で飲んでないから飲みに来た」


瑠衣斗は確認も取らないまま、由良さんにそう告げる。


確かにみんな珈琲は好きだけども……確認ぐらいは取ろうよ。



とは言わずに、私は端で小さくなっていた。



笑顔を向けてくれた由良さんに、小さく笑顔で返すと、そのまま由良さんは店内の奥へと行ってしまう。



すっかりとホストへと転身した2人を余所に、瑠衣斗が私に視線を向ける。



一瞬ドキリとしたが、すぐに瑠衣斗が口を開く事によって、それが誤魔化された。



「失敗した…」


ポツリと言う瑠衣斗は、内緒話をするように私に近付くと、そのまますぐに離れていく。


ふわりと香った甘く爽やかな瑠衣斗の香りに、胸が一層大きく高ぶる。


こんな状況で1人ドキドキしているのが、何だかとても不釣り合いに思え、誤魔化すように目の前に用意されたお絞りで手を拭いた。




「お嬢さん瑠衣の彼女さん?」



「ち、違います…」



隣の席から、身を乗り出すようにして笑顔を向けるおばさんに、突然そんな質問をされ、あわあわと返事をする。


質問の内容に、鼓動が早くなり、顔が熱くなるのが分かる。


冷や汗が出てくるように、頭から背中にかけて何かが伝うようだった。
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