いちえ
蒼風
状況の把握できない私は、ただポカンと今瑠衣斗が出て行った扉を見つめたままだ。
頭を冷やす…頭を冷やすためにシャワーを浴びに行った事は分かった。
でも、倍返し……って?
捨て台詞のような最後の言葉に、眉根を寄せる。
そもそも、何を倍返しされるのか…は怖いから考えないでおこう。
でも、私…何かしたっけ??
考えても無駄だと思い、諦めて体を起こす。
眠る気になんてなれそうもなく、今までの出来事が回想されていく。
何だか、夢だったんじゃないかとすら思え、反対に本当に夢だったのかもしれないと思えてならない。
でも、微かにまだ残る体の奥に生まれた熱が、残り火のようにくすぶったままだ。
外の新鮮な空気が吸いたくて、布団から抜け出し、部屋の明かりを付けて窓際へと向かう。
小さな1人掛けのソファーが二脚、小さなテーブルを挟んで窓際に並ぶ。
その一つに腰を下ろすと、閉じられたカーテンを開いた。
いつの間にか雨は止んでいて、湿気った風が、窓を開けた瞬間なだれ込む。
ふわりと私の髪をさらうと、微かに自分の髪から石鹸の香りが漂ってくる。
今日は、1人では贅沢すぎる、大きな大きなお風呂を独り占めした。
お風呂なんて言ってはいけないような、立派な旅館の温泉なんだけど。
大きなお月様が、雲に隠れたり顔を出したりしている。
カエル達の元気な鳴き声は、私の今の心を落ち着かせてくれる。
冷静になるにつれて、瑠衣斗と気持ちが通じ合った事を、改めて思い返す。
でも何故か、とても不思議な気持ちで、現実味が感じられなかった。