君への距離
「マネージャーさん?」

翼だった。




杏は振り返った。


胸が張り裂けてしまいそうだった。







「あれ?どうしたの?」

杏は自分の声が震えて、笑顔もひきつっている気がした。



「いや…、ケンイチにマンガ借りてたからグランド来たらいるかなって思って。もうすぐ練習終わる時間でしょ?」


「ああ、そっか、ケンちゃんに…。でもね今日は練習ない日なんだ!」



「そうなんだ…」


「うん…」



気まずい空気がふたりの間に流れた。



「杏ちゃん、だよね?杏ちゃんこそどうして…」

(泣いてたの?)

翼は最後の言葉を飲み込んだ。


「どうして…ここに?」



「あたしは…」





「すいませ―ん!!」


グランドから大きな声がふたりにかけられた。





「体験入部の方ですかぁ?」




背のたかいさっぱりとしたショートカットの女の子が翼と杏のもとに走ってきて言った。


「いや…、違うっす」翼が言った。



「見てただけ…なんですけど。」
杏も言った。



「あれ!?あなた…水本さん?」


「え…?」



「水本杏さんよね?」ショートカットの彼女が目を輝かせた。



「そうですけど…」



「あたし陸上部のキャプテンしてる、河野麻耶(マヤ)です。水本さんのことは雑誌とか見て知ってました!うちの大学にスポーツ推薦で入ったって聞いてたんですけど…」



「えっと…」



「ぜひ入ってください!水本さんのペースに練習あわせますから!」
麻耶は興奮した様子でそう言うと他の部員たちを呼びに行った。







杏は、逃げ出した。




全力で走ったのはあの事故以来だった。






グランドが見えなくなるまで走り続けて、いつの間にかキャンパスの端にあるバスケットコートまで来てしまっていた。





ハア、ハア…

息があがった。
(現役のときならどうってことなかっただろうな…。)

杏は苦笑いを浮かべてしゃがみこんだ。






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