君への距離
「一度投げてみないか?」

原田さんはにこやかに言った。



(うっそ―…)



「だって、もうずいぶんと投げてないだろ?久しぶりにお前の球見てみたいな!」


(原田は何を考えてるんだ?後遺症で球速が落ちた今の無様な投球を…見たいだと?)




翼は怒りがふつふつと込み上げてくるのを感じながら、極力静かな声で言った。

「昔みたいには投げれないですけど…」



「お前なら大丈夫だ、投げてみろ。」

原田さんの笑顔が翼には歪んで見えた。




山下さんがバットをつかむと、軽く素振りをした。

「俺が相手だ!さあこいっ!!」

と言って豪快に笑った。



翼は勝手にバッターボックスに入っていった山下さんを追いかけるように半ば強引にマウンドに出ていった。



(軟式なんて投げたことないし、打たれても怪我してんだから大丈夫だろう…)


マウンドでこんな気持ちになったのは初めてだった。

こんな弱気な自分がいたことに驚いた。




シオが原田さんに
「いきなり山下さんが相手なんて無茶ですよ!」
と耳打ちした。




その声は翼にもはっきりと届いていた。





(なめやがって!)




翼は背筋を伸ばし、キャッチャーミットを見据えた。


「ボールください。」
翼はそう言って杏の方を向いて手をヒラヒラと振った。




「頑張れ!」

杏は1番きれいなボール選んで翼に投げた。
それはきれいな弧を描いて翼の左手に収まった。




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