ピアノ
「先生、ピアノ弾いていい?」

この言葉を挨拶に、私は音楽室のドアを思いきり開けた。

春特有の、桜の匂いに包まれた教室は、何だか幸せな気分になれる。


「駄目って言ったって弾くんだろ」

そう言って真木先生は、ピアノにかけてある大きな布をばさりとはぐった。


「うん、ありがとう」

私が素直に黒い椅子に腰かけると、先生の軽いため息が耳をくすぐる。

私は、ピアノが好きだ。

正確に言うと、ピアノの音色が好きだ。

そして私は、先生に会うためにピアノを弾いている。


大好きな、先生に会うために。


「先生、上手になったでしょ。練習したんだから」

私がいうと、真木先生は

「まぁな」

と言って私の頭をポン、と撫でた。

大好きです、先生。


私の高校2年の春は、先生と一緒に流れてく。


春の匂いが、先生と私を包む。







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