ピアノ
「せーんせ、こんにちは~」
私が音楽室を覗くと、真木先生は此方に背をむけてデスクに座っていた。
「まぁた来たのかよ、お前、勉強は」
「いいのいいの。そんなに成績悪くないから」
まったく、と言って先生は茶色いサラサラな髪を揺らして笑った。
ドキンと、心臓が脈を打つ。
率直に、あぁ、格好いいなぁ、と思い頬が赤くなるのを感じる。
「さ、ピアノピアノ」
あわてて先生から顔を反らしてピアノの上の布をはぐろうと手をのばす。
「あ、いいよ。俺やるから。どうせ美音じゃ畳めないだろ」
「どういうことよそれ。あたしだって、」
「前に「先生畳めない~」っつって投げ出したの、誰だっけ?」
すいすいと大きな布を手際よく畳む真木先生。
先生、美音はそんなことを言われても大好きです。
「よし、ほら、弾けるぞ」
私は頷いてピアノの前に座った。
鍵盤を押すと、ポーンと、心地いい音が音楽室を包む。
私はそのまま、「別れの曲」の旋律をなぞった。
先生はピアノのすぐそばに立っていて、こっちを見ているのが分かる。
私は夢から醒めないように、鍵盤を流れるように押した。