プライダル・リミット
 母は危惧していた。勉強ばかりで人と係わりを持とうとせず、それが父に対する反抗心からくるものだということを。母も以前は教師をしていたが、同じ職場で父と知り合い、結婚を機に退職した。母にも教育者なりの教育論がある。勉強も運動も大切だが、それ以上に心の豊かさと個性の尊重を重んじた。相手を思いやり合う道徳心と倫理観、得意な分野を発見、成長させてあげることも教師として親として大切なことだと。勉強も運動も得手不得手の一つでしかない。
「真樹夫、あなたの好きなこと、得意なことを見つけてね。そしてそれに向かって頑張るの。お母さん応援するから」
 マキオは母の言葉を忠実に守ろうとしたのかもしれない。結果主義の父と過程主義の母は息子達の教育に関して衝突することも少なくなかったが、いつも決まって母が父の意見に押し切られる形で終わった。というより、もはや教育の現場を退いた母の意見など、父は聞く耳を持たなかった。そんな両親のやり取りを見て育ったマキオには、いつしか母の言葉は届かなくなっていった。父のように……。
「僕は父さんと同じ人間なのか」
 母のことが嫌いなわけじゃない。そんなことを脳裏によぎらせるほど、マキオにとって父の存在は絶大であり、絶対であった。母に対して父と同じようなことをしている自分自身に嫌悪感さえ抱いた。
「それももうすぐ終わる……。最難関の国家試験である司法試験に合格すれば父も認めてくれる」
 そう信じていた。
 




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