プライダル・リミット
 マキオの東大受験を父は反対した。人一倍上昇志向の強い父が、最高学歴である東大進学を反対する理由をマキオにはわからなかった。
「父さん、僕は東大に行きたい。法学部に入って弁護士になりたいんです。そして、困っている人達の手となり足となり口となり、助けてあげられる人間になりたいんです」
「東大なんて絶対に許さん。お前は私の言うとおり、早稲田の教育学部に行って教師になればいいんだ。“世に生を得るは事を為すにあり”なぜお前にはそれがわからないんだ!」
 マキオが父に叱責されている時、母と兄はいつも助け舟を出してくれた。
「あなた、真樹夫があなたの意見に対して自分の意見を主張したことなんて今までなかったじゃありませんか。そこまでしてやりたいことを見つけた真樹夫の意思を認めてあげてください」
「お前が口を挟むことじゃない!」
 父は母の言葉を一蹴した。
「そうだよ。母さんの言うとおりだよ。真樹夫のやりたいことをやらせてあげてくれよ。
僕は今まで父さんの言うとおりにやってきたし、それに応えてきたつもりだ。早稲田にも入ったし、教師にもなった。弁護士だって立派な仕事だよ。もういいじゃないか。もう僕一人で。真樹夫にはあんな思いしてほしくないんだ」
「兄さん……」
「公平……」
 父は黙り込んだ。初めて耳にした息子達の反発の言葉。特に兄のそれは、自分の教育に間違いはないと信じていた理論を揺さぶるものだった。この家族で唯一、意見を許されし者。
 しばらくして父は口を開いた。
「わかった。その代わり教育学部に行きなさい。御手洗家の血を引く者として教育学を学び、教員免許は取ってもらう。それから司法試験は在学中のみ。それ以内に合格できなければ、卒業後は教師として教壇に立ってもらう。これ以上は譲歩できん」







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