プライダル・リミット
「ありがとうございます」
マキオはそう礼を言い頭を下げると、父の書斎を後にして2階にある自分の部屋へと向かった。父の目論見などお見通しだ。勉学の場を法学から遠ざけ、合格者の平均年齢が20代後半を推移する司法試験を大学在学中に合格することは困難であることを見越し、結局は教職に行き着くことで最後は自分の考えが正しかったのだと示すための譲歩案は、むしろ父にとっては積極案だったのかもしれないが、マキオはそれを何ら障害には感じなかった。それだけの自信があったし、まずは東大に行くことが第一だった。
早大は父の母校でもある。兄は父が勧めるまま早大に入学した。父は「教師」と「早大」の2つを言い続け、心理的にも精神的にも重圧をかけることにより、息子の人生をコントロールし、自らを絶対的な存在へと仕立て上げた。
(父さんは自分の思い通りにならないことが気に入らないんだ。早稲田にこだわるのも息子に自分の学歴を超されるのが許せないだけなんだ……。そうか。兄さんは東大に行けなかったんじゃない。行かなかったんだ)
兄は東大に合格できるだけの学力がありながら受験すらしていない。文句一つ言わず、父の言うとおり早大に入学し、卒業した。弟には自分の意見を主張してもいいことを知ってほしかった。父の自尊心と征服欲の下にあるこの家庭でしか人と係わりを持てない弟を不憫にさえ思っていた。「真樹夫にはあんな思いしてほしくないんだ」この言葉に、兄の弟に対する思いと、兄が父の思惑に気づいていたこと、マキオの東大受験がその犠牲の上にあることを、人の気持ちを察する心を持たないマキオがそれ以上考えることはなかった。
マキオはそう礼を言い頭を下げると、父の書斎を後にして2階にある自分の部屋へと向かった。父の目論見などお見通しだ。勉学の場を法学から遠ざけ、合格者の平均年齢が20代後半を推移する司法試験を大学在学中に合格することは困難であることを見越し、結局は教職に行き着くことで最後は自分の考えが正しかったのだと示すための譲歩案は、むしろ父にとっては積極案だったのかもしれないが、マキオはそれを何ら障害には感じなかった。それだけの自信があったし、まずは東大に行くことが第一だった。
早大は父の母校でもある。兄は父が勧めるまま早大に入学した。父は「教師」と「早大」の2つを言い続け、心理的にも精神的にも重圧をかけることにより、息子の人生をコントロールし、自らを絶対的な存在へと仕立て上げた。
(父さんは自分の思い通りにならないことが気に入らないんだ。早稲田にこだわるのも息子に自分の学歴を超されるのが許せないだけなんだ……。そうか。兄さんは東大に行けなかったんじゃない。行かなかったんだ)
兄は東大に合格できるだけの学力がありながら受験すらしていない。文句一つ言わず、父の言うとおり早大に入学し、卒業した。弟には自分の意見を主張してもいいことを知ってほしかった。父の自尊心と征服欲の下にあるこの家庭でしか人と係わりを持てない弟を不憫にさえ思っていた。「真樹夫にはあんな思いしてほしくないんだ」この言葉に、兄の弟に対する思いと、兄が父の思惑に気づいていたこと、マキオの東大受験がその犠牲の上にあることを、人の気持ちを察する心を持たないマキオがそれ以上考えることはなかった。