詞游−コトバアソビ−
 唯は浴衣姿で寝ていて、殆どはだけていたので寒いのは自業自得だった。唯が着替えている間、部屋の外に出て時間を持て余してしたので窓の外を眺めて待っていた。
 外は真冬日といって疑わない、疑えない天気だった。雪は燦燦と降り積もり、庭景色は絶景とも言えるだろう。
「綺麗だな。だけど、五月なんだよな…」
 トンネルに入る迄は菜の花が咲き乱れ、抜けると雪景色。なるほど、アイツは真逆−トンネル以前は紅葉、以降は真夏−だったのだろう。
 どこにいるか分からない奴の事を思い出し、連鎖的に過去の記憶も蘇る。
 唯も、アイツも、僕もまだ、まだまだ、まだまだまだまだ子供だった頃の…

「…今もまだ子供だって。」

 しばらくして、身支度を整えた唯が出てきた。服装は薄手の暖色系のワンピースの上にカーディガンを羽織り、髪を後ろの高い位置で結んでいた。やはり寒いのだろう、下にはタイツを履いていた。
 僕の方はパーカー付きのトレーナーにジーンズという、いかにも冴えない学生を醸し出していた。全くその通りだが。

 客間と食堂は少し距離がある。というより、客間が多過ぎて僕たちの部屋が旅館の奥の方にあるだけなのだが。
 客間の数はざっと五十−多いのか少ないのかよく分からないが−従業員が少人数の上、同時に宿泊できる団体客は八組まで、と規制もかかってか、旅館内で人と遭遇することが殆ど無い。
 しかし、ここの管理者の意向で朝晩の食事は、宿泊客全員で摂るのが決まりとなっている。なので、宿泊客同士、嫌でも顔見知りになってしまうのだ。

 食堂に着くと、大円卓が二つあり、片方の机に既に数人座っていた。中に行儀悪く椅子を後ろに傾け、こちらに手を振ってる女性がいた。
「やぁしょーくん、唯ちゃん。こっちこっち!」
 見ると、彼女の両隣は空席だった。あの性格を好む人はそういないと思う。彼女の名前は野々村 リリス、自称医者で、白衣で、変人だ。
「おはようございます、野々村さん。」
 唯も隣で会釈する。
「年上だからってかしこまらんでもいいよー、ウチ構わんしねー。気軽にリリスちゃんって呼んでって、何回言えばいいのさー。」
 気圧されたのは初対面の時だけ、慣れてしまえば問題無い。
「じゃあ、おはようございます、リリスさん。」
 彼女は満面の笑みになった。本当、苦手なタイプだ。
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