『はな』と『つぼみ』
俺はつい、罰が悪くなり、葉菜から目を逸らした。

「龍ちゃん…最近冷たいよ…。」

「……」

「今年は覚えてないんだね…」

今年?
葉菜の誕生日は五月。今は九月。
俺は全く思い出せずにいた。


誕生日以外に何を覚える必要があるのだろう。女ってのは一体、何日分の執着をするんだろう。

この時までの俺は、そんな考えしか持てずにいた。


「龍ちゃん!!どこ行くの!?」

財布とケータイを握りしめ、玄関へと進む俺の背後にパタパタと駆け寄る葉菜。
スニーカーに足を入れ、ドアを開けながら一瞬、葉菜の方に目を向けた。

その時、少しだけ胸に苦しさを覚えた。

葉菜の引き止める顔は一度誰かに捨てられたことのあるような切なさが滲み出ていた気がした。

俺は窒息しそうなものを拭うように家を飛び出した。

俺はただ、一人になりたかった。
せめて、静かにしてほしかっただけだったのに。

あの切な気で壊れてしまいそうな泣き顔が葉菜を見た最後だなんて、誰が予測できただろう。


できることなら、引き返したかった。
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