夢見月夜に華ト僕<連載中>
別に、そこまで悪いことをしているつもりはないけれど、妙に焦った俺は、
急いでこの場から立ち去ろうと、逃げるように、体を階段の方向へと回転させた。
そのまま、階段に向かう途中、さっきの音の主であろう男とすれ違う。
すれ違いざまに、香水やら何なら、何種類もが入り混じったような強烈な匂いが、鼻を刺す。
時刻は、夜中を過ぎた丑三つ時。
服装、雰囲気、髪型……
特別な知識のない俺でも、なんとなくソイツが、夜の仕事をしているのだと想像できた。
それでも、匂いに一瞬顔を歪ませた以外は、さほど意識に止めることなく、階段に差し掛かった時、
灯りの乏しい暗い足下が、何かを触った違和感を持った。
下を見ると、それは薄暗い中で、異色な光を放っている。
手に取ってみると、いかにも高そうな、ライターだった。
さっきの奴が落としたことは、すぐに悟った。
100円ライターくらいなら放っておくが、なんとなくで、こんなところに
生まれてから培った、自分のお人好しさは発揮される。
けれど――
「嘘……だろ」
それから振り返って、目の当たりにした光景は、
俺の足も、声も、時間さえも止めてしまったんだ――