夢見月夜に華ト僕<連載中>
――季節は、春。
俺は、いつのまにか池の前のベンチに腰掛けながら、
もう先の長くない満開の夜桜に、しばらく見とれていた。
目の前に続くこの幻の道と、月の明かりで幻想的な輝きを放つ、桜の花弁は
俺を、何処か異世界に連れ出してくれそうな錯覚に陥る。
つい、この光の道を渡って、あの花弁の中へ行ってみたいという衝動に駆られそうになるが……
……わかっている。
そんなことをしたら、次の瞬間、俺は薄汚い緑の池に呑み込まれて、びしょ濡れになるだけだろう。
夢物語の世界へ行こうすると、冷めた俺が、すぐに現実を俺に教える。
年を重ねるごとに、当たり前のように、そんな俺は大きくなった。
……あれ?
今――
ほんの一瞬、怪しく光る花弁の塊の下で、何かが揺れた木がした。
しかし、月明かりと視力の悪い俺の目だけでは、それが何なのか、特定することなどできるわけもない。
その正体を確かめるため、俺は足だけでまたいで、簡単に柵の内側に入ると
大人ひとりが通るには、少し狭い池と柵の間の岸沿いを、向こう側にある桜に向かって歩いていった。
無駄な道なく、桜の木へと一直線に続く、仮想の道を視界の隅に映しながら
俺は、遠回りな池の周りの岸づたいをちゃんと歩いていく。