夢見月夜に華ト僕<連載中>
“お前さ、さっきつまんねぇって言ってたじゃん”
正体不明の女から完全に背を向けたところで、何処からか声が響いた。
……俺の中からだ――
その声の正体は、自分自身。
決められたレールの上でしか歩けない、臆病者の俺。
そんな俺に、いつだって不平を零し、蔑みの目を向ける、もう一人の俺。
普段なら、そんなくだらない声になど従うことはないのに……
今は、不思議とその声へ、素直に耳を傾けてしまった。
歩き出そうとしていた俺の足は止まり、ほぼ無意識のうちに、
俺は、もう一度ゆっくり桜の木に向かって歩き出す。
そして気付けば、謎の女と俺との距離はほとんどなくなっていた。
手を伸ばせば届きそうな位置に、そいつはいる。
俺が今まで手を伸ばせなかった領域に、触れようとしている。
そんな予感がした――
「お、おい」
そして、恐る恐る震えながら出る俺の声に、女は驚くこともせず、静かな仕草で振り返った。