小悪魔は愛を食べる
◆ プロローグ
午前中の昼に近い時間、駅前のファミレスの一角で男女が向かい合い、黙している。
二人は兄妹にしては全く似てなく、友人にしてはいささか歳が離れて見え、けれど恋人同士のデートにしては雰囲気が重かった。
やがて沈黙に耐え切れなくなったのか、今なお無言でストローの先端を齧っている少女に、男が口を開いた。
「芽衣ちゃん、何か欲しい物とかある」
「ない」
即答されて、男が言葉に詰まる。真っ直ぐ見据えてくる大きな瞳が歯痒かった。
この少女の迷いのない大きな瞳が好きで、可愛くて、愛しかった。
なのに今は、こんなに苦しい。
「…別れたいって、随分、急だよね。俺、何かした?」
「べつに何もされてないよ。別れたいから、別れてって言ってるだけ」
淡々と喋る少女の視線から逃れたい衝動に駆られて、男は目を伏せる。すると少女は僅かに小首を傾げ、それから考え込むように口元を引き結び、唐突に、何か思い立ったように綻ばせた。
「あのね、柚木さんの友達に聞いたんだけどね、柚木さん最近成績下がってるんでしょ?わたしね、馬鹿な人って嫌いなんだぁ。だからね、別れて欲しいの」
男が驚愕に目を見開いて少女を見る。少女は可愛らしく穏やかに微笑んでいた。それはまるで、天使のように。
「もう三ヶ月も付き合ってあげたんだから、いいよね?」
沈黙。
何も言えない。
もし今僅かにでも頷いてしまったら、この少女とはこれで終わりなのだ。
そんなのは嫌だ。まだこんなに好きなのに、どうしてそう簡単に別れられようか。