小悪魔は愛を食べる
調子良く凛子に礼を言って壱弥は真鍋の隣の椅子を引き、芽衣の正面に座る。
真鍋が芽衣の腕を掴んで引っ張り、腕時計で時間を確認して「あと六分ねぇな」と壱弥に教えた。
「じゃあ俺は二分前になったら教室戻るから、先行ってて」
パッケージをぱりぱり剥がして壱弥が言うと、真鍋は椅子から腰を上げ、来る時に持ってきた芽衣の鞄を引っ掴んだ。
芽衣が、なに?と真鍋を見上げる。
「華原は俺と一緒に戻るんだよ。ほら、来い」
「え、ちょ、なにそれ!やだやだっー!イチと一緒がいーの」
「うるせぇ。来いっつったら来い」
嫌がる芽衣を冗談交じりに真鍋が一喝し引き摺っていくのを眺めながら、壱弥は廊下へと出て行く二人に手を振った。
賑やかな声が遠ざかっていき、漸く聞こえなくなると、凛子がかたんと椅子から立ち上がった。
「とりあえず、ファブリーズ使う?」
「んー…そのうち消えるんじゃん?」
気の無い壱弥の返事に、ファブリーズをテーブルの上に置いた凛子は、先程まで芽衣が座っていた椅子に腰を下ろした。
「今日はどこの誰と気持ちいい事してきたのかしら?」
見透かすような凛子の視線に、壱弥が軽く笑った。
「さぁ。誰だと思う?」
その妙に色気のある瞳に、凛子の口がへの字になる。
高校生のくせに生意気だと思い、けれどこの年頃特有の色香というものの存在をどこかで認めてしまっている自分に、凛子は複雑な気分だった。
すると困り顔の凛子をどう思ったのか、壱弥がニッと子供くさい笑顔で言った。
「実はさ、今日勃たなかったから未遂」
安心した?と問われ、凛子の手が壱弥の額を叩く。
本当に生意気な子だと思いつつしかし、不思議と安堵したのはまがりなりにも教師だからだろうか。
なんとも言えない感情に、緩く溜め息を吐き出して、壱弥の額に触れた手を握ってみた。
気付けば時間は授業開始の二分前。既にタイムリミットぎりぎりだった。
「ごちそうさま、凛子ちゃん」
壱弥の声が、胸につきんと痛みを走らせたのは、凛子だけの秘密。知られてはいけない、許されない秘め事。
駆け出すように出て行った壱弥に、引き止める理由があればいいのに。そう考えた自分に、凛子は自嘲して小さく笑った。