小悪魔は愛を食べる
* * *


「で、お前はなにがしたいわけ?」

教室へ向かう途中の階段で、真鍋が急に振り返って問うた。

それまでぐいぐい引っ張られるだけだった芽衣の顔に?が浮かぶ。

真鍋は自らを落ち着かせる目的で一呼吸置いてから、また問うた。

「お前は、壱弥に、どうしてほしいんだって、訊いてんだよ」

「どうって?」

疑問を疑問で返され、真鍋の口の端がひくりと上がった。

「俺ははっきりしねぇのがすんげー嫌いな訳よ。つまり、付き合う気が無いならそろそろ壱弥を離してやれって意味。オッケー?」

一応人の通る階段だ。声は潜めているが、それでも聞き耳を立てられたら聞こえてしまうだろう。

まぁ、聞こえたなら聞こえたで構わないと真鍋がまた芽衣に向かって訊いた。

「お前は壱弥と倉澤、どっちが好きなんだよ?」

「んー?どっちだろう」

真鍋が目を見開いた。当然、壱弥と答えると思っていたのだ。なのに目の前のぽやっとした少女は小首をかしげてなんだか可愛らしくとぼけている。思わず、芽衣の腕を掴んでいた手に力が入った。

「いたっ…痛い、真鍋くん」

肩を僅かに上げて身を引く芽衣を力で引き寄せて真鍋が顔を近づける。芽衣の長い睫がふるりと震えて大きな目が真鍋を映した。

「壱弥の事、何だと思ってんのお前。あいつはお前の親でも何でもねぇだろうが」

真鍋の言葉に、芽衣がすっと目を逸らした。

「いつまでも甘えてんじゃねぇよ」

言った途端、芽衣の固く引き結ばれていた可憐な唇が薄く隙間を見せる。そしていつもの可愛らしい声が言葉を紡ぎ出し始めた。淡々としたそれは、場違いなくらい、冷静な声音だった。

「真鍋くん、それってお節介ってやつだよ。イチはわたしの事が好きだから、色々やってくれるの。好きでやってるの。だから真鍋くんがとやかく言う問題じゃないんだよ。それにね、イチは、」

芽衣が静かに微笑む。ぞっとするような壮絶な綺麗さで。

「わたしのために生きて、わたしのために死ねばいい」

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