小悪魔は愛を食べる
するりと流れ出た声は強く深く、真鍋の耳に残る。本当にこの少女が言った言葉だろうかと、自分の耳を疑ってみても、現実は変わりはしなかった。
初めて、真鍋は華原芽衣という少女の内側に触れた気がした。
恐怖。言い表すならばまさにそれは恐怖だった。
人の深遠を窺わせる、純粋な恐怖が確かに少女の中に潜んでいたのだ。
真鍋の手から力が抜け、芽衣の腕を解放した。
何も言わなくなった真鍋に、いつもように無邪気に芽衣が笑った。
笑う芽衣のその表情からはもう仄暗い残忍な空気は感じられなくて、真鍋は悔しさに階段の手摺を殴りつけた。腹が立ったのだ。見知った少女に気圧された自分に。
鈍い音が階段に響き、通行人が驚いた顔で振り向いた。けれど芽衣は余裕すらうかがえる様子で真鍋の痛んだ手を握った。
「イチが悪いの。イチが、わたしを死なせてくれなかった。だからイチは、一生わたしのために生きていくしかないの。……ねぇ、イチは可哀想?」
芽衣の問いに、壱弥を思う。
この顔以外に良いところなんてないような少女が好きで、大切で、自らを犠牲にしてまで守ろうとする、一見愚かな友人。
けれど壱弥は本当に可哀想なのだろうか。
いや、違う。あいつは可哀想なんかではない。
好きな女の為に、生きて、死ねる。それを許されるのが、どれだけ幸福かと考えて、真鍋は羨ましいと思う自分が一番可哀想な気がして項垂れた。
授業開始を知らせる本鈴が色々な場所から反響して聞こえるのに、膜がかかったように遠く聞こえていた。
「あ」
芽衣の声。それは遮られた真鍋の世界を切り開くように、よく通った。
「なに、お前ら先行ったんじゃなかった?」