小悪魔は愛を食べる
素早く床から携帯電話を拾い上げたものの、一度落ちてしまった物を今更素早く拾う事に殆ど意味が無いという事実に、姫華が歯噛みする。
「大丈夫?」
「うん。端っこ剥がれただけ……って、なんかメールきてるし。マナーモードだったから気付かなかった」
「ふうん。誰から?」
なんとなく七恵がそう訊く。別に深い意味はなかった。けれど。
「……」
「どうしたの?」
黙った姫華に、七恵が首を伸ばして携帯電話の画面を覗き込む。光っていてよく見えない。
「ヒメ?」
姫華の喉がひくりと戦慄いて、手が僅かに震えている。
「なに?どうしたのさ?」
眉根を寄せてさっきより強い口調で七恵が問う。携帯電話のボタンの上を彷徨う姫華の指先がメモリーから『芽衣』の名前を探し出した。
通話ボタンを押してコールする。それを耳に押し当てて、姫華がほとんど走るようにして部屋から廊下へ出て行った。
「ヒメ!?」
七恵も後を追ってベッドから腰を上げた。だが、タイミング悪く今度は七恵の携帯電話が軽快なメロディーを奏で始めたのだ。
膨れ上がった焦燥感に、乱暴に通話ボタンを押して耳にくっつける。誰からかなんて確認していなかった。
『七恵、芽衣がいなくなった』
「……え、壱弥?」
予想外の声に、両手で電話を支えた。心臓が早鐘を打って、呼吸が上手く出来なかった。
『何か聞いたりしてない?』
思わずかぶりを振った。
けれど電話口でそれは無意味だと気付いて、すぐに「聞いてないけど」と返す。
壱弥の深刻気な息遣いがただ事じゃない雰囲気を纏っていた。
「ちょ、ちょっと待って!ヒメに代わるから」
そう云い、部屋から出て、階段の踊り場から一階のホールを見下ろすと、姫華が着替えながら華乃に車を出せるかと聞いている。
七恵は小走りで階段を下った。