小悪魔は愛を食べる
「ヒメ、壱弥!」

Tシャツを着る直前の下着姿で姫華が電話をとった。ラフなスキニージーンズに上半身がブラだけにも拘らず、気恥ずかしさ等微塵もないように背筋を伸ばす姫華は青褪めていて、二人にしか分からない何かがあるのだと直感した。

「わかった」

暫く会話をし、電話が切られる。姫華が七恵を振り返った。

「ナナ、すぐ学校行くよ」

「うん」

大きく首を縦に振って七恵が姫華の後ろについていく。開け放された玄関先で華乃が心配そうにお抱えの運転手の木田に何かを話していた。

Tシャツを着て、靴を履いた姫華が木田に「出せる?」と聞くと、木田は神妙に頷いた。

華乃が「芽衣ちゃん見つかったらすぐ連絡するのよ」と姫華の手を握る。わかったと一言で済ませ、姫華は七恵の背中を押した。押された先には、木田がリムジンのドアを開けて待っていた。

「乗って」

七恵が乗り込むと、すぐに姫華が横に座った。ドアが閉められ、車の前から回り込んだ木田が運転席に滑り込み、エンジンがかかる。
がり。と、姫華が自分の爪を齧った。

「ね、ねぇヒメ……さっき壱弥から芽衣がいなくなったって、聞いたんだけど」

訊き辛そうに話しかけてきた七恵を一瞥して、姫華が唸るように喋り出した。

「芽衣はさ、一人で勝手にどっか行く奴じゃないから……しかもイチが知らないなんてありえないし。それに前も…中学ん時にも一回いなくなってて……その時は」

姫華の声が途中で途切れる。訝しんだ七重が姫華の顔を覗き込むと、そこにはいつもの冷静な姫華はいなかった。

噛み締められた唇から、血が滲んで、痛々しい。手を伸ばして触る。するとそこで初めて気がついたように姫華が七恵を見た。

「……」

「ナナ…血の味って、おいしくないね」

唇を舐めて、不器用に笑おうとした姫華に、息が詰まって苦しかった。

芽衣はこわい。

だって芽衣を見失っただけで、壱弥も姫華もこんなに狂ってしまうのに。

もしも芽衣を完全に失ったら、一体どうなってしまうのだろうか。

それ以上、想像するのも怖くなって、七恵は座席に身を深く沈めた。


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