小悪魔は愛を食べる
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夕方の音楽室。晴れていれば見れるだろう斜陽が、雨雲に遮られて少しも望めない。芽衣はピアノの上に置きっぱなしにされた楽譜を手にとって、また置いた。
里中初音に、絢人が呼んでいると言って連れて来られたのが数分前。未だ倉澤絢人が現れないのが、どういう意味なのか流石の芽衣でも理解できていた。
嘘を吐かれたのだろう。
中学の時にも一度あったなと思い出して、また騙されたと自嘲した笑みが口元を緩ませた。
人に嫌われるのも、好かれるのも慣れている。
みんな、顔で嫌って、顔で好きになる。
中身なんて興味ない。中身なんて、見ようともしない。
だから、壱弥と姫華以外に一緒にいる人間なんていらなかった。なのに、どこで間違えたのだろう。
七恵と、真鍋の存在が、判断を鈍らせた?こんな女でも、まだ誰かに好いてもらえると、見てもらえると、驕ってしまったのが間違いだったんだ。
「ばかじゃん」
声が震えた。情けない。わたしはまだこんなに、弱い。
芽衣の手が目頭を押さえた。
傷付いてなんかやるものか。裏切られたなんて、思ってやるものか。
強がりはただ静かに、胸の奥に燻った。
ガラリ。唐突な音に、ドア口を振り返る。
途端、芽衣の顔色が消えた。