小悪魔は愛を食べる
「久しぶり。俺のこと、覚えてる?」
現れた男に、背筋に悪寒が走った。嫌な笑い方をされ、嫌悪感が募る。
「……知らない」
「冷たいじゃん。相変わらず、俺なんか眼中にないわけか」
「ないよ。わたし帰るから、そこ退いて」
距離を二メートルとって、芽衣が言う。男は鼻で笑った。
「嫌だね。だって華原には、これからいっぱい遊んでもらう予定だから、さ」
「っ!やっ」
伸ばされた手に体を出来る限り引いた。引いたのに、男の手は芽衣の腕を強く掴んで、折れるんじゃないかというくらいの痛みが芽衣の涙腺を緩ませる。
「はなしてっ!やだっ気持ち悪いっ」
「気持ち悪いはないっしょ。それに、そんなに怖がらなくても大丈夫だから。俺、結構上手いし、コンドームも持ってるし」
「やだって言ってんじゃんか!!はなしてよ」
暴れる芽衣の抵抗を軽くあしらって、男は音楽室の中央まで進む。引き摺られる形になった芽衣がバランスを崩して床に転んだ。
これ好機と、男が芽衣の床についた手を踏みつけ、悲鳴を上げる間もなく薄い腹を蹴り上げた。
「っかはっ…っ」
芽衣の体が跳ねる。衝撃で、体の感覚が遠い。痛いとか、痛くないとか、そんなものはなく、お腹が徐々に熱くなってくる。
胃から中身がせりあがってくるような不快感に、口の中が唾液でいっぱいだった。
ここまできて漸く、なにが起きたのかと、男を見上げる芽衣の瞳には明らかな恐怖が浮かんでいた。