小悪魔は愛を食べる
絢人の言葉に、壱弥がつかつかと新見の前まで歩を進めて立ち止まる。足元のケータイを緩慢に腰を折って拾い、感情の読み取れない声音で「パスワードは?」と新見に訊いた。
普段とあまりに違う壱弥の空気に、ガチガチと歯の根もかみ合わない程に新見が震えてパスワードを教える。その通り入力すると、データフォルダは綺麗サッパリ空になった。
「これだけ?」
壱弥が新見の襟首を掴んで揺すった。恐怖のあまり、新見は首がとれるんじゃないかというくらい、必死に首を縦に振る。
河野と佐渡が息を呑んでそれを凝視していた。
しかし次に飛び込んできた人影に全員が振り向く結果となる。
「瀬川君!華原さんは…」
壱弥が新見から手を離さないまま一瞥を向ける。絢人が芽衣をお姫様抱っこで抱き上げ、「ここです」と告げた。
芽衣を視界に入れた春日が駆け寄って、タクシーを呼ぶから早く病院にとケータイをポケットから取り出す。が、それを阻んだのは芽衣だった。
「大丈夫。わたし、何もされてないです。タクシーもいらないし、歩いて帰れます」
しっかりした口調に、春日は勿論、絢人すら目を開いて驚いた。
そして春日が何か言おうと口を開くが、その前に壱弥が芽衣のスカートを拾って、絢人に投げる。
芽衣を抱えたままの不自由な体勢でありながら、上手く片腕に芽衣を移してキャッチした絢人に壱弥が強張っていた表情を崩した。
「それ穿いたら、帰るぞ」
「うん」
芽衣の手が絢人の胸を押して、床に着地する。壱弥から受け取った服を差し出す絢人に、芽衣がにこっと笑って「ありがとう」と言った。実に可愛らしい、以前と全く変わらない笑顔だった。