小悪魔は愛を食べる
憔悴しきっていた少女とは思えない言動に、絢人が目を見張って芽衣を見つめる。女は強いというが、この少女の強さはもっと別のもののような気がしてならなかった。
漸くスカートを穿いた芽衣がシャツの胸元を押さえながら壱弥の傍に寄っていく。後姿があまりに小さく華奢で、思わず伸びそうになる手を絢人は引っ込めた。
「イチ、ベスト持ってたよね。貸してー」
すぐ横にいた少女がいなくなると、なんだかぽっかり空洞が出来たような気持ちになって、不謹慎にも絢人は笑った。自分におかしくなって、笑ったのだ。
ボタンの跳んだシャツの上からだぼだぼのベストを着た芽衣が、春日に微笑んだ。
「せんせ、ほんとに何もなかったんです。だから今日の事は内緒にしてね」
そんな訳にいくかと春日が眉を顰める。とりあえず今日は全員帰宅させ、それから校長に報告だと春日の中では既に今後が出来上がっていた。
「んじゃ、帰るか。芽衣」
「うん帰るー」
壱弥の手を握って、芽衣が絢人の横を通り過ぎた。擦れ違い様、壱弥が絢人の肩を叩いて耳打ちする。声は凪いでいた。
「助かった。サンキュ」
まるで芽衣の所有権を主張するような言葉に、絢人の口角が上がった。芽衣と壱弥を追うように踵を返した絢人に今度は春日が苦笑する。
それから溜め息を吐き出し、教師の顔を作った。
「河野君、佐渡さん、新見さん。三人とも、今日のところは帰宅して明日の朝に職員室に来なさい。校長に報告して今後を検討します。いいですね」
有無を言わせない強い口調に、三人はそれぞれ従う意思を示した。