小悪魔は愛を食べる
* * *
「真鍋くーん!」
走ってくる足音に、職員室のドアに寄りかかっていた真鍋が顔を上げると、芽衣が大きく手を振って、笑っていた。真鍋の横で、初音が安堵の息を漏らす。
「お前の彼氏が間に合ったみてぇだな」
嫌味のつもりで言ってやるが、初音は「よかった」と心底安心したように肩の力を抜いた。
「良かったじゃねぇよ」
低い、低音の、軋むような唸りが混じった声が、初音の後ろからぶつけられる。真鍋が視線を走らせると、姫華と七恵が息を切らせて立っていた。姫華の手が初音に掴み掛かる勢いで伸ばされる。
まずい。と初音の二の腕を掴んで、真鍋が姫華との間に体を入れた。勢いのまま胸倉を掴み上げられ、これが女の力かよと思わず眉を顰める。
「なに庇ってんの。退けよ。そいつのせいで芽衣が何されるところだったのか、てめぇが私に教えたんだろうが」
激昂を押し殺して、淡々と喋る姫華の表情は青褪めて、目だけが猛禽類みたいにギラついていた。
「ひ、ヒメ…」
「ナナは黙ってて」
七恵が困惑して姫華の腕を引くが、それすら振り払って姫華は真鍋に詰め寄った。
「覚えとけよ。芽衣に何かあったら、あんたでも…七恵でも壱弥でも、許さないから。一生、許さないから」
姫華の手がブレていた。
怒りで震えているのだと、真鍋も初音も解釈したが、七恵だけは違うと思った。
怖かったのだろう。芽衣を失うことが。そして芽衣が無事だった事に、今頃安堵したのだ。ずっと現実感が薄かったのが、今になって元気な芽衣の声を聞くことで、ああ、本当に無事だったと。安堵したのだ。
真鍋の服から姫華の手が離され、初音の肩が上がった。次は自分だと思ったのだろうか。しかし姫華は初音をちらりとも視界に入れず、壱弥の手を引っ張りながら歩いてきた芽衣に笑った。