小悪魔は愛を食べる
続く声を失くした初音に、芽衣がまた口を開く。続いた言葉に、誰もが耳を疑いたくなった。
「あ、倉澤くんね、ちょっと遅かったけど来てくれたよ。用事は…聞き忘れちゃったけど、ま、いいや。ありがとう初音ちゃん。じゃあね、ばいばーい」
無邪気に、無垢に、何も知りませんと言うような笑顔に、壱弥が芽衣を後ろから抱き締めた。初音はただ声をなくして俯くのが精一杯。
許しているのだ、芽衣は。初音を許して、笑ったのだ。
敵わない。勝ってこない。こんな、女に勝てるはずがなかったのだ。初めから、勝負はついていた。完敗だ。
芽衣と比べた自分の心のあまりの矮小さに情けなくなって、初音の手が強く握られた。
それから芽衣はもう何を言うでもなく、壱弥を背中にひっつけたまま歩き出した。姫華と七恵がその後ろをついていく。
「うちの車、校門とこにつけてるから家まで送ってあげる」
「まじで!?らっきー」
「ナナも芽衣の次で良かったら送るよ?」
「やったぁ!じゃあお願いしまーす」
「送るのは木田さんっしょ。まるでお前が送るみたいに言うなよ、姫華」
「うっせー。木田はうちの運転手なんだからいいんだよ」
ゴンと壱弥の頭を拳で殴って、姫華がいつもの余裕のある笑顔を浮かべた。
いつもが戻ってきた。何も失わずに、いつもが全て戻ってきたんだと、七恵が嬉しくて眦に涙を溜めて壱弥の背中越しに芽衣を見つめた。
芽衣は、強い。優しくて、強い。そして何より、大切で愛しかった。
きっと壱弥も姫華も、こんな気持ち。
「ナーナ!なんかお腹空いたー。お菓子とか持ってないー?」
かけられた芽衣の声。可愛くて、本当に大切だと思う。守りたいと、思う。
手始めにまず、七恵は芽衣の空腹をなんとかするために、自分の鞄を漁った。箱の角が潰れたバタークッキーが手に当たって、よしこれだ!と七恵の表情が明るくなった。
雨はもう、小雨に変わっていた。