小悪魔は愛を食べる

6.口付けの温度

* * *




ザーザーと水音がする。
浴室へ続く脱衣所で、壱弥はタオルとパジャマを手に、閉じられた浴室のドアに背を預けて座り込んでいた。

水音が背中に響く。

顔を横にずらして視線を走らせると、芽衣の細い体が曇ガラスに肌色のシルエットを作っていた。

可愛い、芽衣。誰よりも大切な、愛しい少女。

姫華の家の車の中で、芽衣はひたすら笑っていた。
なにが面白いのか、はしゃぎまくって、とにかく笑っていた。姫華も七恵も気付かない。芽衣があまりに普通に当たり前に笑うから、それが全て嘘だなんてきっと気付けなかったのだろう。
壱弥ですら、縋られなければ、見過ごしそうになった程だったのだから。

芽衣の手が、腕が縋ってきた。車から降りエレベータに乗って、家のドアを開けて鍵を閉めた途端に、だった。

後ろから強く抱きつかれて、綺麗に整えられた指の爪が薄手のシャツ越しに腹に食い込んだのが痛かった。

強張って、力を抜くことが出来ない体をもてあました芽衣が何度も「イチ」と呼んで、「愛してるって言って」と泣いていた。

好きだよ。愛してる。芽衣を愛してる。

強張りがとけるまで、何度も言ってやった。
うざったいくらい、言ってやった。

愛してる、誰よりも。芽衣を誰よりも愛してる。

こんな言葉で芽衣が救われるのなら、何度だって安売りしてやるから。だからもう、自分は誰にも愛されてないなんて考えはやめてくれ。

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