小悪魔は愛を食べる

やがて何も言わなくなった芽衣を引き摺って、服を脱がせて浴室に押し込んだ。されるがまま従った芽衣の腹には、大きな痣が出来ていた。

今朝まではなかった痣。

よく見ると他にも、腕や脚、肩や手にも細かい目立たない傷が複数出来ていて、怒りに噛み締めた奥歯が軋んだ。

後ろで、ふいに水音が止む。

ドアの開く気配に立ち上がり、タオルを広げるが、開いたドアから芽衣は出てこなかった。訝しんで僅かな隙間を、ドアを押して広げた。

おかしい。見慣れた浴室だが、何かがおかしかった。

「芽衣?…って、お前っ」

出てこない芽衣に呼びかけると同時、浴室の違和感にはっとして、踏み込む。
つい今さっきまでシャワーの音が確かにしていたのに、あるはずの湯気が全くなかったのだ。
芽衣が浴槽の淵に腰掛けて振り向いた。その体は濡れていた。
お湯ではなく、水で。

「イチ、さむい」

「バカっ!水被りゃ寒いに決まってんだろ!」

慌ててシャワーのコックをお湯に変えて捻る。
フックに掛かったシャワーヘッドから冷たい水の後、すぐに温かい湯が降り注いで、芽衣の冷えた体と壱弥の服に染み込んだ。

「濡れちゃったよ、イチ」

「誰のせいだと思ってんだよ」

「わたし?」

屈託なく、ふにゃりと笑って擦り寄ってきた芽衣の冷た過ぎる肩を支えて、シャワーヘッドを手に取った。芽衣の肩を掴む手が、そのあまりの冷たさに驚いて、力の加減を間違える。
「いたい」と文句が浴室に反響した。

無言で足から徐々に心臓に向かって湯をかけていくと、芽衣の冷えた手がひたりと頬に添えられて、冷たさに息を呑んだ。

「なんだよ?」

「ちゅーしよ」

「は?」

「ちゅーしたい」

芽衣の青い唇が近付いてくる。寒さで震えている。
口付けたら、きっと冷たいのだろう。

「……っ」

やはり、冷たかった。柔らかくて、冷たい。
アイスともソフトクリームともシャーベットとも違う。冷凍ミカンは問題外。
なんだ、これは。なにに似ているのだろうと脳の鈍い場所で考えた。

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