小悪魔は愛を食べる
◆ 三章:七月のヒグラシ
1.距離を嘆く
* * *
チャッチャッチャラッチャッチャッチャー…ッピ。
「はい、もしもし」
耳と肩で挟んで電話口に喋りかけると、俊足ランナーの走り出し並の速さで向こう側の人間が喋り出した。
『ちょっと壱弥、芽衣ちゃんにちゃんとご飯食べさせた?芽衣ちゃんは卵粥が好きだから、食欲無いなら作ってあげて、薬飲ませるのよ。ああ、あと、桃缶が戸棚にあるからそれも冷やして食べさせてあげて。それからね、昼過ぎても熱が下がらないようだったら病院に連れて行って…あ!保険証は持ってる!?なかったら私の部屋の』
「あるから。保険証も持ってるし、飯食わせて薬も飲ませたし、桃缶は今冷やしてるから、母さんは何も心配しないで仕事してていいから!」
『な、なによその言い方!私だって芽衣ちゃんが心配なのよ。芽衣ちゃん昔からそんなに体丈夫じゃないし、熱だって一回上がるとなかなか下がらないし、あんな可愛い芽衣ちゃんが苦しがってる姿なんて本当にもう、本当に可哀想で、私見てられなくて』
「いや、全然苦しがってはないから。熱も下がり始めてるし、ホラービデオ鑑賞する余裕すらあるから、マジで大丈夫。心配するだけ損だから」
『そ、そうなの?本当?』
「マジですマジ。わかったら仕事してください。じゃあ切るよ」
『ええ、あ、そうそう。夕方には帰るから、それまで芽衣ちゃんの事頼んだわよ。何かあったら承知しないからね』
「はいはい。じゃあね」
ピッ。と音を立てて切られた携帯電話をリビングのソファに放り投げ、自室のドアの前まで来ると、女の子特有の華やかで賑やかな声が漏れ出ていた。