小悪魔は愛を食べる
* * *
ガタンとありきたりな音がした。
台所のひんやりしたフローリングの上に背中を預けて、上を見上げる。天井が綺麗に真っ白で、何故だか病院を思い出した。
「イチ、重いんだけど」
呻き声に近い低音。囁くような可愛らしい声のひとつでも出たならば、ムードもあっただろうに。純粋に重さに呻いただけの声が漏れ、姫華は内心がっかりした。
壱弥が顔を上げる。真っ白な天井が壱弥の顔に早変わり、溜め息が姫華の唇から零れて響いた。
「うざいよ。甘えてくんのやめて」
思い切り嫌そうに言ってやるが、壱弥はふっと笑っただけで、圧し掛かっている体を退かすつもりはないらしく、嫌味に口を開いた。
「ならなんでついてきたわけ?押し倒されても抵抗しないわけ?姫華のそういう所、かわいくてムカツクんだけど」
ちゅく。
首筋に壱弥の唇が吸い付く。お前は蚊とかそのへんの虫かよと思いつつも、姫華の手は壱弥の項を撫でた。色の抜けた痛み気味の髪が指に乾いた感触を伝えてくる。
「引っ掻き傷つけんなよ。芽衣に見つかったら面倒だから」
「こっちの台詞よ。ふざけんな」
甘い台詞なんて決して言わないのに、どうして触れる互いの手は、熱はこんなに優しく穏やかなのだろうか。
交じり合いそうなくらいの近さで壱弥の匂いと体温と存在に、くらくらする。脳が巧く働いてくれなくなる。
酩酊、一歩前。
壱弥が拗ねたように呟いた。
「誰が、芽衣だけにしか優しくないって?」
「あんた」
「うーん、これでも一応みんなに優しくしてるつもりなんですけど?」
「うそ。芽衣にしか優しくないよ、あんたは」
「マジ?」
「マジ」
姫華が肯定し、沈黙が訪れた。