小悪魔は愛を食べる
やがて左の胸、心臓の上に壱弥の顔が埋まる。どくどく動いている心臓を、聞き耳を立てて窺っている壱弥に、姫華の心臓が更に忙しなく動き始めて、耳が熱い。顔も熱い。床に密着してひんやりした背中と後頭部だけ、妙にリアルで冷静だった。
「姫華の心臓、頑張ってんなぁ」
「頑張らなくなったらお終いだから」
壱弥が体を起こして、姫華の頬を撫でた。
「俺も、まだ頑張れると思う?」
撫でていた手で、項を引き寄せた。顔が少しずつ近くなっていく。
「頑張れるよ、大丈夫」
吐息が触れた。交わった。唇が熱かった。チョコの味がした。涙が、眼球を押し退けるかのような圧迫感でせりあがってくる。ただただ、愛しかった。
「イチはさ、やっぱり私には、優しくないよ」
離れた直後の姫華の嘆きに、壱弥が目を見張った。視線が全てを物語る。
あんた、絶対私にだけは優しくない。だって優しい奴は、こんなキス、するわけがないじゃんか。
「……飲み物、オレンジジュースでいい?」
逸らされた視線に、姫華が目を閉じた。
近くて遠い、この距離が、たまらなく憎かった。
憎くて憎くて、それすらも愛しくて、ずるい。本当に、ずるい奴等だ。
ねぇ。欲しいのは、キスじゃない。
そう言ったら、この距離はどれくらい遠くなるのだろうか。