小悪魔は愛を食べる
「あんたさぁ、俺から何が訊きたいわけ?つーかさ、そもそも、あんたが心配してんのは、被害者でも加害者でも俺でもなくて、壱弥だけだろ。あぁ、なんで壱弥の母親が華原の事で電話してきたか、とかそういうの訊きたいの?だったら悪いけど俺全然知らないから。うざってぇ。あれだけ女の顔しといて今更教師面してんじゃねぇよ。気持ち悪い」
ベッドから真鍋が起き上がり、降りる。上履きをスムーズに履いて、伸びをする。
あまりに自然なその動作を視界に納めながら、凛子は言葉を失くしていた。
何を言われたのか、理解できない。したくない。
女の顔をしていた?だれが?私が。
いつ?いつ、そんな顔をしたというのだろうか。
私はいつだって、この感情は誰にも気付かれないようにと自分すら騙すように深く奥に隠してきたはずだったのに。
言いたい言葉が連なって、それでも口に出すのがはばかられ、結局凛子は黙る。
何もいえないのが、こんなに悔しいなんて、この歳になって再確認するとは思わなかった。
「人を傷つけて、楽しい?」
零れた呟きに、真鍋が振り向く。視線は交わらなかった。
「傷ついたんですか、先生。それは、すみませんでした」
口先だけの謝罪。哂っていた。馬鹿にするように、哂っていた。
心中を言い当てられ、傷ついたのかと哂ったのだ。
ひどい。ひどい子供だ。
子供のくせに、何がわかるというのだろうか。
睨みつけると、真鍋はふっと口元を弛めて微笑んだ。嘲笑ではないそれは、優しくもなかったけれど、馬鹿にしているのとも違った。ドアがからりと乾いた音を立てた。
「誰も」
言い掛けて、止まる。真鍋の唇が引き結ばれ、また開く。
「誰も、華原に勝てるわけがないんですよ」
嘆きは小さく弱々しくて、消え入りそうなくらいの囁き。なのに喉から搾り出したみたいに苦しげで辛そうで、宵闇を凝縮したようなもの悲しげな声だった。