小悪魔は愛を食べる
* * *






「初音、別れよっか」

ゆったりと告げられた言葉に、初音は耳を疑う。だが絢人は弧を描くように唇を歪めた独特の笑みで、空気の入れ替えを目的に開けられた窓の外を見ているだけだった。

絢人と初音、二人きりの昼時の生徒会室は静か過ぎて、窓から聞こえるヒグラシの鳴き声だけが何かを急かすみたいに耳障りだ。
初音は床に落ちていた絢人のネクタイを拾って、差し出した。

「別れ話するなら、ちゃんと服着てからいいなさいよ。説得力に欠けるわ」

「そう?でも、脱がせたの初音なんだけど」

別れ話を切り出したというのに、絢人は普段と全く変わらない様子でネクタイを受け取る。初音は眉を顰めて「だらしない」と嘯いた。

というのも、絢人の今の格好は制服のワイシャツの前が全開で、運動部ほどではないが適度に均整の取れた綺麗な筋肉の付いた胸板と腹筋が惜しげもなく晒され、ズボンの前はかろうじて閉じているものの、ベルトは弛められたまま。挙句に首筋にはキスマークが二つついている。

こんな、たった今、セックス終わりましたと言わんばかりの格好で、突然何を言っているのかと初音は呆れ、そのあからさまな呆れ顔に、絢人が低く笑った。

「キスしたんだ、一昨日」

キス。という単語に初音の視線が揺れた。誰と。なんて、訊かずとも、なんとなく予想はつく。確証はないけれど、それでもやはり思い当るのは一人しかいなかった。

「…華原芽衣?」

「うん」

あまりに普通に肯定され、初音は怒る気すら失せる。
絢人はいつもそうだ。いつも、冷静で物事に無頓着で、何を考えているのか想像もできないし、掴み所が無い。自分では絢人にずっと寄り添っていくのは無理だと考えてもいた。いたが、しかし。

「どうして、あの子なのよ」

よりによって、華原芽衣。そう言いたげな初音の眼差しに、窓の外を眺めていた絢人が振り向く。初音の喉が上下した。
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