小悪魔は愛を食べる
「もの欲しそうな目で、見てくるから」
言って、思い出したように含み笑った絢人の表情に初音の唇が震え、格好悪いと承知で感情のまま憤りを吐き出した。
「ふざけないでよ。私があの子嫌いなの知ってるでしょ。絢人はわかってくれてるんじゃなかったの?分かってて、私と付き合ってきたくせに。なのに、なんで今頃……」
言葉尻がか細く途切れ、情けなさに涙が滲んだ。
裏切られた。信じていた人間に、こんなに簡単に裏切れたのだ。許せるはずがない。勝手すぎる。利用するだけ利用して、最後がこれかと思うと、好意を抱いていたはずの絢人が憎くて仕方なかった。
黙り込んだ初音を一瞥し、絢人が再び窓の外を見遣る。初音の両手が絢人の首を掴んで、そのまま腰掛けていた机に押し倒す形になった。
絢人が目を僅かに見開く。まるで珍しいものでも見分するかのように初音を見た。涙がぼろぼろ絢人の顔に落ちていく。それを無感情な瞳で他人事みたいに眺めながら初音の口が絢人の口を塞いだ。
数秒。唇を押し付けるだけの稚拙な口付けに、絢人の手が初音の頭を撫でる。
「ごめんね」
「なによ。悪いとか、全然思ってないくせに」
「うん。ごめん」
いったい何に謝ってるのだろうと思う。悪いと思うなら、別れるなんて言うな。華原芽衣なんか好きになるな。そう、言いたいのに。
我侭を口にするには、初音は絢人を知り過ぎていた。
もう、何を言っても無駄なのだ。倉澤絢人は、そういう人間。だからこそ、こんなに惹かれた。悲しい恋を過去にさせてくれるくらい、いい彼氏だった。
「絢人は、自分勝手過ぎる」
「うん」
「絢人は、頭いいからむかつく」
「うん」
「絢人は、……絢人、は…瀬川君の代わりなんかじゃなかったよ」
「知ってる」
嫌だ。こんな終わりは嫌だ。終わりなんて嫌だ。込み上げてくる感情が、洪水みたいに心の底から溢れ出て苦しい。どうしたらいいの。どうしたら、絢人を過去に出来る?
これで最後なら、最後くらい嫌われて行ってよ。