小悪魔は愛を食べる
「絢人は、私の事好きだった?」
「可愛いとは、思ってた」
それはつまり、恋じゃない。恋愛じゃない。絢人と初音の間に流れていた時間は同じだったけれど、時間が育んだ感情は、気持ちは一緒じゃなかった。ただそれだけ。ただそれだけが、今こんなに辛い。
「本気なのね」
「うん」
「私、華原芽衣に、また意地悪しちゃうかも」
「いいよ。そんなの気にするような子じゃなさそうだし」
絢人の言い分に、ちょっと笑った。
確かに華原芽衣は少しくらい意地悪くらいしても気にしないだろう。なにせ、昨日初音が一生背負っていく気でいた罪悪感を笑顔で払拭してしまったのだから。
それくらい、心が強い人間だというのは、昨日の事件を差し引いても、よく見ていたから分かる。
あれは自分とは全く違う生き物だ。強くて柔軟で可愛らしい、誰もが憧れる女の子。
理想だった。妬みを通り越して嫌いになるくらい、憧れていたのだ。認めたくは、ないけれど。
「告白するの?一回振ったのに」
「しないよ、告白なんか。けど、あれはなんとなく俺のになりそうな気がする」
カナカナカナ。
ヒグラシが煩い。
絢人の指が自らの唇を辿って、舌先がいやらしく覗いた。
「華原は、俺の運命の人かもしれない」
何かに心を奪われたかのように目を細めて微笑した絢人に、初音が困ったような曖昧な笑みを浮かべる。
運命なんてくさくて陳腐でくだらない台詞、きっと言ったのが絢人じゃなかったら笑いとばしていただろうに。
否定できない何かがそこに確かに存在していた。
「つまり、私は運命の人じゃなかったって事ね」
皮肉雑じりに言ってやると、絢人が笑う。初音を視界に捉えてゆっくり笑った。
「ごめんね」
最後は本当に呆気なく、さよならすら、必要なかった。涙はまだ、流れない。