小悪魔は愛を食べる
「ねぇアヤちゃんさぁ、メール読んでくれた?クリームソーダ頼んでおいてってやつの後にも送ったんだけど」
「読んでない。なに?」
「もー。アヤちゃんてなんでこうモノグサなのかなぁ。あのね、実はこれから彼氏のとこ行かなきゃいけなくなってね、折角来てもらったのに悪いんだけど、十分も一緒にいられないんだ。怒る?」
上総が舌足らずな声で言う。絢人は携帯電話で時間を確認した。
「べつに怒らないけど、彼氏なんていつの間に作ったの?」
「えへへー。二週間くらい前かな。ちょーラブラブなの」
くるくる器用にクリームソーダをかきまぜて、照れ笑う。マスカラをたっぷり纏った睫が伏せられ、オレンジの照明で色付く頬に影を落とした。
「上総、それって運命の人?」
問いに、上総はかぶりを振った。
そうか、違うのか。
僅かに落胆して、絢人が視線を落とす。上総の手が絢人の手に重なった。
「あのね、私さぁ、最近よく考えるんだけど」
「うん」
「例えば、相手にとって私が運命の人だったとしてね、その相手は私にとっての運命の人なのかな、って」
「うん?」
「つまり、お互いがお互いにとって運命の人っていうのって、本当に奇跡の中の奇跡なんじゃないかな?どう思う、アヤちゃん」
「難しいこと考えるね、おまえ」
「そう?」
「そう。けど、運命っていうのは、奇跡みたいな偶然が重なるから運命なんだよ」
奇跡と呼ばれる偶然が重なるのが運命の条件だ。
迷いの無い絢人の言葉に、上総が苦笑した。
本当に、アヤちゃんはカッコいいね。呟きが、掠れて哀れな声になった。
「アヤちゃんが私の運命の人だったらよかったのに」
「やだ。お前、親父に似てるから」
冗談めかして返す。重なっていた手が離れた。
「そっちこそ、顔も中身もお母さんにそっくり。じゃあね、もう行くね」
椅子が小さく音を立てた。店内の喧騒で掻き消えるくらい、控えめな音だった。