小悪魔は愛を食べる
「倉澤くんに、訊かれて…教えてきた。お母さんのこと。そしたら、思い出した……ねぇ、イチはわたし置いてどっか消えたりしないよね?ねぇ…しないって、言ってよ…ねぇ、おねがい」
ぐっと、壱弥の手が拳の形に握り込まれる。
それが怒りを押し殺す為の動作だということに気付くまで幾秒か要したのは、きっと脳が考えるという仕事を放棄したからだ。
体中を走る赤い液体の循環が感じられる程に脈打つ動脈に、ふつふつと脳みそが沸くような錯覚。
頭の奥の、まるで自分という生き物から切り離された全く別の領域の、ひどく冷静な場所が、これは怒りだと教えてくるのが煩わしかった。
芽衣を、知ろうとする者がいる。
自分の存在価値を覆されそうな恐怖と綯い交ぜの理不尽な怒りはただ静かに、胸の奥に燻ぶって、苦く存在を主張してくる。
壱弥は穏やかに微笑んだ。
腕の中の小さい子供を抱き締めて、自らを繕ったのだ。
「イチぃ…」
見上げてくる大きな瞳に映る壱弥の顔は、笑顔だった。柔和な、優しい笑顔だった。
狂気は決して晒しはしない。
胸の裡の、深遠へ、深遠へと閉じ込めて、決して外へは解放しない。
この狂気は、大きく育てば育つほど、やがては芽衣を傷つけるに違いないから。
芽衣を傷つける存在は、例え自分ですら許せないのだ。
それくらい、芽衣は壱弥にとっていなくてはならない生き物で、恋焦がれる天上の星のような美しい存在だった。
穢すなんて、許されない。