小悪魔は愛を食べる
6.夢を蝕む
* * *
テストまで二日と迫った午前中の教室で、姫華の口から盛大な溜め息が生まれた。
「ちょっと芽衣、あんた昨日の夜も勉強しなかったんだって?壱弥から聞いたわよ。つか、なんの為のテスト期間、午前授業だと思ってんの?いーい、今日帰ったらちゃんと勉強しなさいよ。また赤点で補習なんて嫌でしょ?」
「うーん、ていうかヒメはもう自分の教室戻ればいいと思うよ」
「ムカつくっ!心配して来てやってんのに!!」
「むぐっぅ」
机に突っ伏したまま憎まれ口をきいた芽衣の頭を天板に力いっぱい押し付けてやると、可愛らしい見た目とは間逆に無様な声が出た。
危機を感じた七恵が、慌てて姫華の腕を引いて芽衣を救出した。
「だ、大丈夫!?顔に傷ついてない!?」
「うぅ。おでこが熱い…」
さすさすと額を擦りながら芽衣が顔を上げる。
しかし心配そうにみつめてくる七恵と目が合うと、芽衣はふにゃっと笑ってみせた。
「ヒメはほんと乱暴だよね!ナナがいなきゃわたし殺されてたよ」
「ちゃんと加減してやってんだろうが!」
姫華の持っていた教科書が芽衣の後頭部に当たって小気味よい音を立てた。
「すぐたたくぅー!」と口を尖らせた芽衣に、続けてまた後頭部に衝撃が走る。
二発目は、最初もより痛みは少ないが、やはりどしても吃驚はするわけで。
なにも続けて二回も叩かなくても…。
心の中で芽衣はこっそり文句をたれた。
けれど、後頭部をおさえて姫華の方を振り返った芽衣の視界には、全く予想だにしていなかった展開が待っていて。
固まった芽衣とは対照的に、「あ!」と七恵が開いた口を両手で覆った。
「こんにちは」
見開かれた女子三人の視線の先に晒されてなお、無表情のまま挨拶したのは倉澤絢人だった。
その手にはなにやらクリップでまとめられたプリントの束を持っていて、芽衣は自分に与えられた二度目の衝撃の弱さに合点がいった。
叩いたのは姫華ではなく絢人だったのだと、気付いたのだ。
姫華の表情が、顔面に不愉快の文字を浮かび上がらせそうなくらい険しくなる。
背後に立たれたのが相当気に食わなかったのだろう。芽衣と七恵は心の中で納得した。