小悪魔は愛を食べる
七恵が黙り込むと、一気に空気がどんより重くなり、やがて集まっていた視線も気まずそうに拡散していった。
数秒待って、姫華の手が絢人の置き土産に伸びた。
「芽衣、ちょっと見せて」
芽衣の手からプリント束をひったくって、ペラペラ捲り始めた姫華を七恵が凝視する。
芽衣は黙って親指の爪を反対の親指の腹で撫でていた。
手持ち無沙汰そうにそれを繰り返している芽衣を一瞥し、姫華はプリントの中身を最後まで確認していった。
「なんだった?」
姫華の手が止まった直後。すぐさま七恵が訊く。
横では我関せずという態度のまま、芽衣が相変わらず爪を擦っていたが、姫華はもったいぶることなく口を開いた。
「試験対策?」
「え?」
「これ、次の試験の要点と、予想問題っていうか、うん…芽衣さぁ、苦手なの何だったっけ?」
「古典と英語と数学と地理と世界史と化学」
「あー、やっぱりねぇ」
「なにがやっぱり?」
物知り顔で頷く姫華に七恵が首を捻る。
その隙に、芽衣の手が姫華の持っているプリントの束に伸びた。
触れるか触れないかで、姫華の手が上にあがり、芽衣の手は空を掴む。
むっとして、芽衣が姫華を睨んだ。
「かえして」
「なんで?だっていらないんでしょ」
「べつに、…いらない、とか…言ってないじゃん」
「ふうん。けど、それにしては態度悪かったんじゃない?これ、絶対徹夜して作っただろうにねぇ。あーあ、倉澤可哀想」
およよと目頭を押さえて泣き真似をした姫華に芽衣が戸惑う。
「う、うるさいな。かえしてよ」
「うーん、返して欲しいの?」
「わたしのだもん、かえして」
「だってこれ、すごいよ。うちの家庭教師でもこんな出来のいい試験対策なんて作れないわね、たぶん」
「出たよ、お嬢様発言。つか、いいから返してってばっ」
芽衣が再び手を伸ばす。すると意外にもすんなり姫華は芽衣の手にプリントの束を掴ませてくれた。
「……」
柳眉を下げて、唇を噛み締めて、芽衣がプリントの束を抱き締める。
姫華の手が芽衣の頭を撫でた。