小悪魔は愛を食べる
「ちゃんとお礼言っておいでよ。すっきりしないでしょ、あんたの性格からすると」

「……だって…い、いじわるなんだもん」

「倉澤?そりゃ性格はよくないだろうけど、本当に芽衣の事嫌いで苛めたい奴がこんなの作ってくれると思う?」

「……おも、わ、ない」

「よし。じゃあ行っておいで」

促され、椅子が音を立てた。芽衣が腰を上げたのだ。
不安そうに伏せられていた睫がゆるやかに上向く。
いつもの、可愛らしい大きな瞳が遠くを目指すように瞬いた。

「ん、行ってくる」

プリント束を持ったまま小走りで教室から出て行った芽衣を見送りながら、姫華がひどく冷めた表情をしていたのを、七恵は見逃さなかった。

「行かせてよかったの?」

まるで恋人が他の男の元へ行くのを見つめているような、そんな視線に思わず声をかけると、姫華は七恵をみないまま言った。

「私ね、芽衣が幸せになれるなら、相手の男なんて正直誰でもいいし、どうなってもいいから」

「……壱弥、でも?」

「うん。イチなら、尚更」

芽衣の未来を手に入れるつもりなら、お前なんかめちゃくちゃに傷付いて、一生囚われてしまえ。

聞こえないはずの続きが、聞こえたように頭に浮かんだのは、姫華の瞳が僅かに狂気を含んでゆらめいたからだと気付いたくせに、七恵は気付かないふりで笑った。

「けどビックリだよね!あの倉澤君まで落としちゃうなんて。いつの間にそんな仲良くなったのかなぁ?」

「ああ。そういや、今日で二週間くらい?あーあ、賭けはイチの勝ちか。はぁ…ムカつくわ」

「で、でもまだ付き合ったわけじゃないし」

「いや。基本的にあいつ魔性だからね。もう確実でしょ」

くくっと喉を鳴らして笑う姫華は、すでにいつもの姫華で。

人と人が距離を保ちたいとき、見ないふりというのは非常に有効な手だと、心底思った。

誰にだって、踏み込まれたくない一線がある。

七恵は今、肌でそれを感じていた。




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