小悪魔は愛を食べる
何故か一人で熱血している水谷に、姫華が「なんであいつあんなに元気なの?」とひきつった笑みを浮かべ、芽衣が「声でかー…」と掴んでいた壱弥の掌で自分の両耳を塞いだ。
更にうるさいことに、スタンドの姫華の隣にはいつの間にか社がしゃがみ込んでいて、「ここで張ってれば水谷先生が来ると思ってたわ!ナイス自分!」とウザイ事をぶつぶつ言いながら笑顔の練習をしていたりする。
ほのぼのを通り越して騒がしくなった状況に辟易した姫華が不満気に唇を突き出して隣の社に視線を配った。
「社せんせー。芽衣と私、頭痛いんで保健室行きます」
「姫華ちゃんさ、明らかに仮病だよね。それ」
「うっせぇ、吊るすぞ」
「こわ!」
水谷に夢中で何も聞こえていないらしい社に代わり壱弥が仮病を言い当てると、姫華はいっそう不機嫌そうに目を鋭くした。
「行くよ、芽衣」
容赦なく睨みつけながら言う姫華に壱弥が怯えるふりをしながら「じゃあ俺も保健室ー」と笑い、芽衣を担ぐように抱き上げ、眼前のフェンスを掴んだ。
がしゃがしゃ派手な音を立てながら壱弥がフェンスをよじ登る。芽衣の手が振り落とされないようにぎゅっと強く壱弥の首を抱き締めた。
「早く登れよ愚図」
「だから姫華はなんでそんな冷たいの?哀しくなるんですけど」
「芽衣とかには優しいよ、私」
「とかってお前、芽衣にしか優しくないだろ!俺にも優しくしてよー」
「イチは芽衣に馴れ馴れしくてむかつくからテーブルの角に小指とかぶつければいい」
「お前なー、どこの小学生だっつの」
無事にフェンスを乗り越えて姫華の横に着地した壱弥に芽衣が「今の楽しー!もう一回」と無邪気に言い、「やんねーよ馬鹿」とコンクリートの足場に下ろされた。
壱弥がふと、さっきまで自分が居た場所を見下ろすと、そこには悲壮感いっぱいの水谷が立ち尽くしていた。