小悪魔は愛を食べる
「い、行くのか、瀬川」
神妙な雰囲気をまとって訊く水谷に、壱弥が戸惑う。
「え、まぁ、はい」
「俺とサッカーはそんなにつまらないか」
「いや、べつにそういう訳じゃ」
「真鍋が泣くぞ」
「や、あいつそういうキャラじゃないんで」
「俺が泣くぞ」
「泣くなよ」
壱弥が若干引いたのを引金に遂に水谷がガシャァアン!とフェンスに張り付いて叫んだ。
「瀬川ー!お前がいないとサッカーつまんないぃー!先生、つまんないぃー!先生、お前と球の取り合いがしたいのぉー!行っちゃやだぁぁー!!」
「いい年こいて駄々こねんな。あと可愛くない。つかきもい」
半眼で水谷を見遣っていると、ぐいと腕を引っ張られる。
「イチー、ヒメ先に行っちゃったよー?」
「マジで?ほんと気短けーなぁ…。んじゃ、センセ。保健室行ってきますね」
ひらひら手を振り芽衣の手を引いて校舎へ繋がる出入り口へ向かって壱弥が歩き出す。「せんせー泣いてるよ?」と言ってくる芽衣も半泣きの水谷もこの際シカトだ。
「い゛ぐな゛ー瀬川ー」
水谷の哀願をBGMに社の慰める声が聞こえるが、「あいつらアホじゃねぇの」と思っている壱弥は一度も顧みることなく、校舎に入っていった。
この時、一度でも顧みていたならば、自分達を見ていた視線に気付けただろうに。騒がしい周囲に注意散漫になっていた壱弥は、完全に見逃してしまった。
自分を見つめる、強い意志を持った目を。
『あーあ。いなくなってくんないかな……華原芽衣』
囁きは風に紛れて、誰の耳にも届かないまま空気に散った。